陸奥国の神秘 尼子

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イタコ霊術の神秘〜「尼子」を知るためのキーワード集

尼子の霊媒鑑定師が行なう霊術について、より深く知っていただくために用語解説のコーナーを設けました。 イタコ、および日本の伝統的な霊媒術、呪術などに関するキーワードを、徐々に追加しながら解説してまいります。


第一回「イタコ」

生きるために「イタコ」となった薄幸の少女たち
宗教人類学による学術的な分類では、「イタコ」は修行型シャーマンに属する霊媒であるとされています。最初から霊感の優れた者が「イタコ」になるのではなく、古くから定まった修行の型を通して、本来すべての人間に潜在するはずの霊能を後天的に開発していくのです。
その修行過程は非常に厳しく、また入門者も特殊な条件に生まれたごく一部の人々に限られていました。その条件とは、盲目もしくは視力に障害があり、村落社会の主婦として生きることが難しい女性である、ということです。
近代までの東北地方において視力障害のある、貧しい家庭の女性が就くことのできる仕事はわずかふたつしかありませんでした。そのひとつは三味線と歌を学び、ゴゼと呼ばれる門付け芸人となること、もうひとつは口寄せ巫女、すなわち「イタコ」となることです。 「イタコ」の弟子入りは記憶力の旺盛な幼年のうちにするのがよいとされ、初潮を迎える直前の少女が最上とされました。先輩のイタコに弟子入りした少女たちは、その師匠の家で炊事洗濯などの下働きをしながら、通常2〜4年程度の修行を続けます。つらい下働きの合間を縫って、徐々に巫術や祈祷の勉強をしていくのです。まず憶えるのは口寄せなどの儀式の際に唱える経文や祭文、祝詞、真言などの様々な呪文です。膨大な量の呪文集を口伝てだけで、残らず暗誦していくのです。間違いは決して許されません。一言一句違わず、正確に記憶しなくてはなりません。
まだあどけない、しかも視力に障害を持っている少女たちにとって、それは本当に厳しい日々であったに違いありません。

・口寄せ祭文の一例(一部抜粋)
──誰の道呼ぶや、八日の仏の道呼ぶや、ここらずの、極楽の、ほいじの枝にてなにがなるや、南無阿弥陀仏の六字がなるや、森か林から来るべか、幾日幾日、来る道おちゃの道、どこに姿があるものか、どこに形がいたものかや、数珠の響きで、むかえる弓の響きではやむけるゃ──、

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イタコとして独り立ちするための「神憑の儀式」
やがて年数を経て呪文の暗誦が完了すると、彼女たちは霊媒として独り立ちするためのイニシエーション(通過儀礼)を受けることになります。それは神憑(かみづけ)と呼ばれる儀式で、それを執り行う1〜2週間前より穀断ち・火断ち・塩断ちなどの断ち行を課せられます。さらに水垢離などの精進潔斎を重ね、ひたすら身を清めて神の使いとなる日を待ちます。
やがて神憑の当日になると、師匠であるイタコの家に入門者の少女の両親や兄弟姉妹を初めとする多くの人々が集います。そうした人々が見守る中で、師匠と弟子は向かい合いとなり、ひたすら経文や祭文を唱え続けるのです。
それは入門者が失神するまで続けられます。つまり人為的に極限のトランス状態を作り出し、入門者に霊を降ろさせるのです。降りてきた霊は師匠によって審神され、弟子の守護神と守護仏の名が明らかとなります。
また、この状態を持って神憑式は成功したとされ、その後は独りで仏降ろし(死者の霊を身に降ろす)を披露したり、師匠からイラタカ数珠や梓弓などの巫具を授けられたりします。

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東北霊媒文化の現状
現代の下北半島にもまだ「イタコ」は現存しており、毎年の恐山大祭(7月20日〜24日)と川蔵地蔵堂で開かれるイタコマチにてテントを張って口寄せをする他は、基本的に近隣の地元での鑑定相談に勤しんでいます。しかしその後継者は絶えつつあり、地元では伝統文化の危機が叫ばれています。また同じ東北地方には「イタコ」の他、「オカミサン」「ゴミソ」と呼ばれる民間霊媒もいますが、いずれも減少の一途を辿っているのが実情です。 当電話占い・尼子にお電話をくださるお客様の中には、テレビなどで紹介される盲目のイタコのイメージを思い浮かべ、それが鑑定のきっかけとなった方も多くいらっしゃいます。そうした方々の口から一様に「懐かしい…」「とてもよく当たって、しかも心が癒される気がする」という声が聞かれるのです。蝋燭の光に照らされながら盲目の老婆が数珠をかき鳴らして死者の霊を降ろすあの神秘的な姿は、すべての日本人にとって一種の精神的な原風景のようなものなのかもしれません。 私どももこうした「イタコ」の先達たちの名に恥じぬよう、今後、いっそう精進と修行を重ねてまいりたいと思います。