陸奥国の神秘・電話占い
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尼子の百物語

第九話「山中で出会った猿の化物」

「先生、僕は大丈夫ですか? 何にも憑かれてませんか?」

開口一番そう聞いてきたのは、大学生の翔太さん(仮名・21歳)。電話を取った瞬間から異様な邪気を感じ、「これはただごとではない」と直感しました。翔太さんは、夏休みを利用して、かねてからやってみたかったという放浪の旅に出たそうで、鑑定依頼はその旅先の旅館から、とのことでした。電話越しに霊視した彼からはとにかくこの世の物とは思えない邪気が漂っており、何か恐ろしい存在と接触したことは一目瞭然でした。

東京都武蔵野市のアパートを出発し、ご両親に買ってもらったという軽自動車で大阪方面へと向かった翔太さん。「高速道路は使わない」というルールで、まず一般道を西の方へと走っていったそうです。しかし住宅地を抜け、田畑が目立つようになり、やがて鬱蒼とした山道にさしかかる頃には、日も暮れ、急勾配と急カーブの連続でへとへとに疲れてしまったそうです。そんな折、山道のかたわらに潰れた飲食店と広い駐車場を見つけ、その駐車場に車を止め、しばらく仮眠を取ることにしたそうです。電話相談の内容は「そこで恐ろしい目に遭った」というものでした。翔太さんはその廃飲食店の駐車場で、恐ろしいものと遭遇してしまいました。

エンジンを掛けたまま音楽を掛け、仮眠を取っていると、窓をノックする「コンコン」という音が聴こえてきたそうです。その音で目を覚まし、音のしたほうを見てみると、そこには妙なものがいたそうです。人に似た姿形をしていながら手が長く、顔がしわくちゃで、それはまるで猿のような風貌をしていました。しかしすぐに普通の猿じゃないと分かりました。日本の猿にしては身体が異様に大きく、色も赤黒いのです。

そして全身は異様にツルツルとしており、皮が剥ぎ取られ肉が剥き出しになったような異様な質感だったそうです。そして、それは翔太さんの車のドアをコンコンと叩きながら、「ぼうず、ぼうず」と喋りかけてきたそうです。これはヤバい。そう思い、翔太さんは慌てて車のエンジンを掛けようとしましたが、手が震えてうまくエンジンを掛けることができませんでした。

恐怖と焦りでパニックになりかけた頃。山道の向こうからやかましいバイクの走行音がいくつも聞こえてきました。するとその猿の化物は忌々しそうな顔をしてそちらを睨みつけ、それから翔太さんを名残惜しそうに一瞥し、そのまま闇の中に去っていきました。音の主は地元の暴走族の連中。普通であればあまり出くわしたくない人達でしたが、その時の翔太さんには救世主にも見えたそうです。彼らは最初、駐車場にひとりで停車していた翔太さんの車を取り囲んだそうですが、車中から出てきた翔太さんの異様な様子を目にして、「何かあったのか?」と親身になってくれたそうです。

「その化物の話、俺聞いたことあるわ」そう言いだしたのは金髪の少年。「小さい頃に亡くなったジジイがさ……」と、知っている話を教えてくれたそうです。彼の曽祖父はかつて猟師だったとのことで、この辺りの山に入って鳥や獣を撃って生計を立てていたそうでした。そして、曾祖父は「猿だけは撃たない」という決まりを設けていたそうです。「この山には猿の化物がいて、目をつけられると呪い殺される。猿の化物と出くわしても危害を加えてはならないし、絶対に口をきいてはならない」金髪の彼が子供の頃、曾祖父はもう現役を引退していたそうですが、幼い彼に何度もそう言っていたそうです。

「猿と話したか?」
「いや、『ぼうず、ぼうず』と話し掛けてきたけど、怖くて声が出なかった」
「じゃあ大丈夫じゃねえかな。念のため霊能者とかに見てもらった方がいいと思うけど」
「そうしてみる。ありがとう」
「まあ、とにかくここを離れた方がいい。俺達も今日の集会は中止にしよう」

そんな話をした後、連中は来た方向に帰っていきました。そのエンジン音が聴こえなくなる前に、翔太さんもすぐ車を走らせ、その場を離れることにしました。必死に山道を走り、なんとか麓の町までたどりついた頃にはもう午後11時を回っていたそうですが、運良く宿泊可能な旅館が見つかったそうで、その部屋で一息ついた後、スマートフォンで電話占いの霊能者を検索。そうして尼子に鑑定電話を掛けてきた、とのことでした。

異様な邪気の正体が、その猿の化物であることは間違いありませんでした。それは怨霊ではなく祟り神のようなものです。取り憑かれたらおそらくどんな霊能者でも手の施しようがないでしょう。しかし暴走族の少年も言っていたように翔太さんはまだ取り憑かれてはいないようでした。話しかけられた際に声を出さなかったのが良かったようです。大変危ないながら九死に一生を得た、という状況でした。

しかし霊視を進めたところ、翔太さんを暗闇からジッと見つめる「眼」のようなものがすぐに見えました。猿の化物がまだ探していることがわかりました。憑かれてはいないものの、目をつけられているようです。私はまず身にまとった邪気を祓うため退魔の不動明王真言を何回か唱え、邪気祓いを済ませました。それから、しばらく山に入ってはならない、すぐに都会に帰るように、と何度も忠告し、鑑定を終えました。

後日、翔太さんからお礼のメールが届きました。「放浪の旅は中止してすぐ家に帰りました。帰りは高速道路を使いました。あれから特に何も起きていません」という報告でした。そして「そういえば翌朝に車を点検したら、あの化物がノックしてた運転席のドアのあたりに乾いた血のようなものが付いてて、慌てて拭きとりました」と書かれていました。これは大変正しい対応です。鑑定の際、翔太さんの守護霊を少しだけ拝見しましたが、かなり強力な高位霊が憑いている方のようでした。おそらく化物に出くわした際に声を出さなかったのも、たまたま地元の暴走族が通りかかったのも、旅館が空いていたのも、翌朝に車を点検したのも、全てその強力な守護霊の導きによるものでしょう。しばらく山に近付かないようにすれば、じきに化物も別の誰かに目をつけるようになるでしょう。もしかしたら、それは翔太さんを偶然救った暴走族の若者になるかもしれませんが。

こういった化物と出くわす可能性は、普通の生活を送っていれば極めてレアケースであると言えます。しかし翔太さんがそうなってしまったように、決してないこととは言いきれません。もし万が一、不運にも遭遇してしまった場合は「なるべく目を合わせない」「絶対に口をきかない」「危害を加えない」が原則です。相手と接触したり、相手の話しかけに何かを返したりしてしまうと、そこで化物との縁が生まれ、すぐに憑かれてしまいます。

そうなるともう手遅れです。我々は霊を祓うことは可能ですが、祟り神を消すことは不可能です。これは我々の力が及ばないという話ではなく、どんな高位の霊能者も、神職者も、神や悪魔のような存在を消し去ることはできないのです。そういった物に出くわしてしまった場合、無視するしかありません。皆さんの身にそういったことが起きないことを祈るばかりですが、もし万が一そういった存在に出くわしてしまった場合、「なるべく目を合わせない」「絶対に口をきかない」「危害を加えない」と覚えておいて下さい。

尼子の百物語 / 第九話「山中で出会った猿の化物」